人手不足だというのに頭の中がファンタジー

未分類

 以前の飲み会のお開きの話とも関係するが、私は指導的な立場で後輩を持った経験が少ない。
思い返してみると、幼少期も年下の子と遊ぶよりも、同級生や年上のお兄さんやお姉さんと遊ぶことが多かった。先輩後輩の概念が生まれ始める中学生になってからは自分にも後輩という存在は出来たが、平たく言えば弱小チームだったので、後輩を指導するという役割は薄くまたその責任を顧問から問われることもなかった。
 そこからやや時を下り、私が先輩らしいポジションに立ったのは、大学生のときである。この辺りから、後輩への接し方のスタイルのようなものが形作られていったような気がする。何度か人の上に立つ役割もさせてもらったが、そういう役回りは出来れば進んで引き受けたくはないというのが本音である。人の下について何かするほうがいい。しかし、世の中そう上手くはいかないもので、今の仕事では、私と同じ役目の人間はそう何人も必要ないので、上の人についてやっていくという可能性も低ければ、自分の下にぞろぞろと部下ができるという可能性も極めて低い。

 同じ職場の近いセクションで1人退職した。その人は資質の問題もあったが、退職理由については、職場の雰囲気の問題も大いに関係していたと思う。「もうちょっと使いようもあっただろうに」というのが本音であるが、そういうことを言う立場でもないので、余計なことは口走らないようにしたい。不思議なのは、人手不足の職場なのに、ちょっとばかり期待値より低い新人さんに対して冷たくあしらう人の多いことである。明らかにヤバいやつなら他の仕事に行って頂けないか色々と考えてしまうのも分からなくもないのだが、使いようとか育て方次第で自分たちが楽できるのに、私は関係ないですからという態度でサポートすることもない。その人が退職したとして、次に「自分と同じくらいあるいはそれ以上の職務遂行能力があって、それでいて自分のプライドを傷付けることなく、あいさつができて、愛想が良くて、忙しくても嫌な顔一つせず自分の指示に素直に従い、自分のプライベートの話題には適度な距離感で接してくれるような人材」が来るとでも思っているのだろうか。千鳥のノブの言い方を借りて「そんなやつおらん!」と言いたい。私に部下が出来る日は遠いが、人を育てるという難題に立ち向かう準備はしておきたい。

 社会人になる前から、組織というものにはそれなりに関心を持っていて、上に立つ人に求められる資質、いわゆるリーダーシップ論やマネジメント論に関しては時々本を読む機会があった。もっとも、大学で経営学や商学を学んだ訳ではないので、学術的な知識は持ち合わせていないのだが、最近読んだ本で面白かったものがあったので紹介しておく。

 一般的に組織においては、能力が高いあるいは評価が高い者がマネージャーやリーダーに選出される。当然ながらその人は、さらに上のカテゴリの長になりやすくなるのだが、組織においては上に行けば行くほど高度なマネジメントの能力が求められ、しかも責任も重くなる。そこで能力が追い付かなかったり、重責に耐えられない状況に陥ると、それ以上の昇進の可能性は極めて低くなるのは当然だが、代わりとなる人材が見つからなかった場合には、その人がそのポジションに留まり続けることになる。これはなにもリーダーだけに当てはまるわけではなく、組織において人は「無能」という評価を付けられるまで昇進や昇格し続ける。結果的に、能力が十分に発揮されない状態で働く者が数多く生み出される。これがピーターの法則という訳である。
 実際の人事では、他にもさまざまなファクターが働くので、このようなモデルの通りになるとは限らないが、なかなか面白い視点だと思った。

タイトルとURLをコピーしました