寄せ書き

 今日は寄せ書きについて考えてみる。
 先日久しぶりに寄せ書きを書く機会があった。数年振りの寄せ書き執筆であったが、幸い腕は落ちていなかった(と思う)。そもそも、自分は寄せ書きそのものを書くのも、あるいは寄せ書きの段取りをするのも別に嫌ではない。ただし、一口に寄せ書きといっても、ポジティブなものばかりではないようで、何の世話にもなっていない人に対して形式的にやるような代物も稀にあるようである。もしそういう類の寄せ書きの段取りを頼まれたとしたら、命令でなければ丁重にお断りすることにしている。(実際にそんなシーンには出くわしたことは事はないのだが「寄せ書きを贈るに値しなくないですか?」と言おうと決めている。)

 今日の話の本筋からはやや逸れてしまうが、そもそも寄せ書きのイベントが生じるのは、ある人が組織を去るときである。ここで、送別の際になされる組織に留まる側の対応について考えてみたい。

レベル0(マイナス?):悪口、皮肉、生卵を投げつけられる等

レベル1:何も起こらない。知らされることもない。

レベル2:近い関係の人に「お疲れさま」と声をかけられる。

レベル3:人が集まる場で一言挨拶を求められる。

レベル4:花束が贈呈される。

レベル5:記念品が贈呈される。

レベル6:送別会が開催される。

レベル7:寄せ書きが進呈される。

レベル8:その組織を去ってからも(社交辞令ではなく)声が掛かる。

 このレベル設定に関して、もちろん異論は認める。しかし、控えめに言って寄せ書きはかなりの好待遇である。難しいのは、同時期に複数の人が組織を去る場合である。
 例えば、聖人Aとクソ野郎Bが同じタイミングで組織を去ることになったとする。こういう場合、基準が聖人Aの方に合わせられて、よっぽどでない限り、2人を対象とした送別会が開催され、クソ野郎Bも寄せ書きを手にすることになる。
 これは面白い現象である。もっとも、こういったケースでは、公式の送別会は簡素であっさりと行われる傾向がある。そして、後日、あるいは公式の送別会よりも前に、いわゆる選抜メンバーによる濃密な会が執り行われるようである。特に、先に会が催されてるケースでは、クソ野郎Bが勘のいい人間であれば、公式の送別会のあっさり感、あるいは”シャンシャン感”に違和感を覚えるだろう。

 話を寄せ書きに戻そう。繰り返しになるが私は、寄せ書きを書くのを苦にしない方である。
しかし、人生で初めての寄せ書きをいつ書いたのか、ハッキリとは憶えていない。小学生のときに、クラスの誰かが転校するとかで先生が段取りをしたのが最初な気もするのだが、残念ながら定かではない。高校ではクラスメイトが転校するということがなかったし、利き腕の2度に渡る骨折により部活も1年で辞めたため(尚、2度のケガは部活動とは一切関係ない)、部員から惜しまれつつ送り出させるというイベントも発生しなかった。
 ところが、大学生になると、サークルやアルバイト先で寄せ書きを書くイベントが急激に増えた。
その頃からであろうか、最初は単に「お疲れさまでした」的なメッセージを書くだけであったが、回数を重ねていくとそれだけでは面白くないという思いが芽生え始めたのである。それからというもの、寄せ書きはなるべく手抜きをせずに書くように努めたことにより、寄せ書き経験値が溜まっていった。
今は「寄せ書き初段」くらいには到達しているのではないかと思う。まだ「寄せ書き名人」までの道程こそ遠いものの、せっかくなので今回は寄せ書きのコツを少しだけお伝えしたい。「寄せ書き?(めんどくさ!)」という悩みをお持ちの読者諸賢の参考になれば幸いである。

①その人とのエピソードや持ち味、長所や貢献を織り込む。これにより他の人が気付きにくいポイントに言及し差別化が図れる。

②エピソードは、出会って間もない頃から記憶をたどるもよし、旅行やイベントなどから探すのもよい。

③さらに、これぞというキラーエピソード(苦難を共に乗り越えた系)があるときには、それを使わない手はない。

④おもしろネタを持っているならそれを使って一旦落としてから王道の良い所指摘で緩急を付けることもできる。

⑤気持ち悪いことは書かない。寄せ書きの価値を下げてしまう。愛の告白は口頭で行うこと。

 実際列挙してみるとたいしたことはないのだが、私が実践しているのはざっとこんなところである。

 学生の頃は文章を書く勉強などしたことなかったのだが、仕事でもプライベートでもそれなりに文章を書く機会があり、基本的なことは知っておかねばと思い、手に取ったのがこの一冊である。チャプターが細かく分かれており、ポイントが分かりやすい。書いてあるのは基本的なことだが、まずは基本に忠実に書けることが大切だと思う。

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