先日北海道のニュースか何かを見たときに、ふと思い出したことがあり、今回はそのことについて記してみる。
私が通った高校は某大学のヌルい付属校だったが“受験に熱心な進学校”を自称していたので、修学旅行は高校2年の6月に行った。行き先は北海道で、当時は沖縄、韓国、グアムよりも個人的にはいいなとも思っていた。北海道といっても、本州の都府県をいくつも飲み込むほどの広さを誇るので、当然のことながら修学旅行如きでは北海道の魅力をほんの少しつまみ食いするに過ぎない、ということは判り切っていたが、未踏の北の大地へと向かうのはそれなりに楽しみではあった。さて、多少記憶の曖昧さはあるが、思い出せる限り、修学旅行の行程は以下の通りであった。
【1日目】
羽田空港→新千歳空港→ノーザンホースパーク→羊ヶ丘展望台(クラーク像)→北広島泊
【2日目】
北広島→美瑛町(レンタサイクル借入+ラベンダー畑鑑賞)→札幌市内(自由時間)→サッポロビール園(ジンギスカン)→北広島連泊
【3日目】
北広島→小樽(自由時間)→白老(国立アイヌ博物館)→登別泊(温泉)
【4日目】
登別→洞爺湖→五稜郭→函館山夜景→函館泊
【5日目】
函館→函館朝市(自由時間)→函館空港→羽田空港
順番はもしかしたら間違っているのかもしれないが、行った場所は網羅出来ていると思う。
繰り返しになるが、高校の修学旅行如きであれこれ言うのは筋違いだと思うが、今こうして思い返してみても、バスツアーのコピペみたいなプランにガッカリである。結局、高校生以来、現在に至るまで北海道に行く機会に恵まれていない。最近、北海道に詳しい友人から、北海道の魅力を聞かせてもらうことがあり、その時「俺は本当の北海道には行ったことがないんだ…」と心の底から思った。修学旅行当時も、このツアーのプランニングは批判の的となった。具体的に上がっていた批判は以下の通りである。(自分がそうは思っていなかったものも含む)
- 移動時間の見積もりが甘く自由時間が短くなった。
- そもそも自由行動の時間が短かった。
- ジンギスカンの肉が薄かった。
- バスガイドが新人でガイドが下手でしかも全然可愛くなかった。
- ラベンダーが全く咲いてなかった。
- レンタサイクルで走っていたら雨が降って強制終了。
- 旅行なのに歴史の勉強を随所に絡めてきて鬱陶しかった。
- 見学先が渋すぎた。
結局、夜はトランプやら湿気た恋バナもどきなどに興じ、それなりに楽しかったような気もするのだが、旅行としての満足度は低かった。なぜなら、小学校の時に行った日光や、中学校の時に行った京都・大阪・滋賀(奈良ではなく滋賀!:この斜め上のセンスについてもどこかで書いてみようと思う)の方が鮮明に記憶が残っているからである。もっとも、筆者は暗くて卑屈な高校生だったので、高校生活に対する評価が不当にネガティブに歪んでいる可能性がある。その点を割り引いて考えたとしても、いまひとつという修学旅行であったのである。
と、つらつらと批判めいたことを書くだけでは、自分にとって面白くないことを他人の所為にして溜飲を下げるという、大人として最も恥ずかしいことをやっているだけである。今日私が書きたいと思っていたことは、ここから先のことである。
少々横道に逸れるようであるが、コロナ禍になってから私は日本中央競馬会のサイトで馬券を購入するようになった。スポーツ新聞を読みながらあれこれと予想をするのは、コロナ禍と相性の良い休日の過ごし方となった。そう、もし今ノーザンホースパークを訪れたら、ものすごく楽しいし大満足だろうと思うのである。確か当時も結構有名な往年の名馬がいたような気がするのである。その当時は「北海道といえば牧場ね」くらいの感想しか抱かなかった。すなわち、大人になるということは、いろいろなものを楽しめる幅が拡がるということなのだと思った。これは、何もノーザンホースパークに限ったことではない。
修学旅行では、アイヌ民族博物館にも行ったが、ゴールデンカムイを知った今であれば、当時の100倍楽しめただろう。民族衣装や武器などがたくさん展示してあり、あのダメなバスガイドがコタンの暮らしをああだこうだと解説していたが、当時はうるせーとしか思っていなかった。
美瑛町のラベンダー畑にしてもそうである。大学生になってから、鉄道やレンタカーでいろいろなところを旅行したが、ただ景色を見るのもまた旅の醍醐味なのだと知った。花を見に行ったのに、そこに花が咲いてないのであれば、そこに行く価値もないと思っていたのが、愚かな高校生の私である。
北海道ならではの円く広い空や遠くまで広がる草原の雄大さに対する感受性は、当時の自分には残念ながらなかったのである。
もちろん、そこを訪れたことが最初のきっかけになって、感受性や興味関心が拓かれるということもあるから、つまらないと感じたのは単なる結果論という見方もあるのかもしれない。ただ、それならば、ラベンダーは咲いていた方がいいし、旅行に行く前にゴールデンカムイを読んでいた方がいい(不可能であるが)。
要するに、私にとっては北海道に行くのが早過ぎたのだ。
もう一つは、ジンギスカンに関してである。修学旅行で食べたペラペラな肉しか知らなかったので、つい最近まで、あの程度の代物ならわざわざ着る物を煙まみれにしてまで食わなくてもいいと本気で思っていた。北海道に行くならジンギスカンという思考回路自体を否定する積もりはないのだが、修学旅行のジンギスカンは明らかに「予算の都合により」という内容であった。それなら、十勝豚丼とかザンギとかもう少しリーズナブルながら、北海道の名物を味わった方がどれだけ良かっただろうか。
食に関しては、なまじ中途半端なものに触れても、そのものの素晴らしさを味わうことが叶わないのみならず、そのとき食べたものが本物なのだという記憶さえ作られてしまう。
それならば、予算に合った美味しいものを食べる方がいいと思う。
そんな修学旅行であったが、良かったと振り返れる場所がある。小樽である。小樽はあの修学旅行で唯一3時間の自由時間があり、昼飯もクーポンが使える店で適当にやれということだったので、回らない鮨屋のランチを食べた。小樽の運河を適当に歩いたり、ガラス工房を見学したり、余裕を持って街歩きを楽しめた。ガラス工場が展開するアウトレットのショップがあり、お土産に切子のグラスをいくつか買うことが出来た。班を組んだクラスメイトも自分と同じく地味な陰キャだったこともあり、行き先で揉めることもなく、穏やかに小樽観光は行われた。
こうして、時を経てこの修学旅行を総括してみると、もしも今行くのであれば観光地の選択はそこまで酷いものではなかったという評価に至ったのである。但し、移動に関する時間の甘過ぎる見積もりや無駄な動きの多い行程の組み方に対する厳しい評価は変わることはない。
初めて北海道に行くならこちらのサイトが割といい感じで参考になりそう。
いつか本当の北海道に行く日を楽しみにしつつ、ひとまず今日はここで筆を擱くことにする。

